Memories in Australia.[iv-ix]

どのくらいの距離を走ったのか、気がつくと高層ビル群の下に出ていた。木々の間から見えていたビジネス街に着いていたのだった。もうここまでくれば大丈夫だろう。後ろを振り返るが、誰もいない。まだ安心はできない。僕は、目の前に見えたビルの脇道の暗がりに入り込んだ。自分のことを、まるで、ネズミのようだ、と思った。

息を整えるために立ち止まり、先へ進む。ビルとビルの間の小道は、別の大きな通りに繋がっていた。外灯は白く、道路は明るかった。夜中のビジネス街には誰もいなかった。吐く息が白い。文字通り、人っ子一人いない。恐怖心いっぱいで林を抜けて逃げてきた僕はなんだったのか。よもや夢だったのじゃないだろうか。耳元から聞こえる心臓の鼓動、吐く息と汗が、まるで異物のように空間に吸収された。人の気配のないオフィス街は、まったくの無機質で、自分一人だけが有機物であるような不思議な感覚に落ちた。

固く閉ざされたビル入り口の鉄格子、バリアフリースロープの手すりのレール、間接照明と配置されている観葉植物。はっきり言って、すべてが嘘くさかった。家主が不在でありながら、建物それ自体から権力と金のにおいがした。僕はこの場所に似つかわしくない人物だろう。

日本の都心で見かけたホームレスの人々を思い出した。僕はいま、まさにそうなろうとしている。ビルとビルの間を歩きながら、後ろめたさを感じた。昼間になれば、スーツ姿の会社員で活気のある場所になるのだろう。みんなが忙しく動き回り、人と人が話し合う。そんな様子を思い浮かべると、急に、この場所が眩しく見える。ビルの陰を夜中にうろついているネズミのような異邦人。自分は無価値だと思った。

まあ、少なくとも、このギターは必死に守った。いまは、それだけでいいじゃないか。

ずっと我慢していたけれど、極度に眠気が襲ってきた。遠くの空はもう白み始めている。どこかで横になりたい。下を向きつつ歩き続けていると、ある地点から、敷石が変わった。遊歩道へつづく道のようだ。歩道は緩やかな上り坂となっており、その先には、大きな陸橋があるようだった。

掲載順:[序〜Ⅳ〜V]

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