MiA V-Ⅳ

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Noosa Heads

振り向いた彼は、やはり日本人だった。僕たちは挨拶をし、身の上を話し合った。彼は今年30歳になるそうで、名前はトウジといった。トウジもまた、ワーキングホリデービザを使って、半年前にケアンズから入国していた。これからの計画はどうするのか?と訊くと、主要な町を訪問しながら南下しつつ、先にシドニーに入っている日本の友人を訪ねるそうだ。二人は、オーストラリアで日本人向けの観光ビジネスを始めるために準備をしているという。トウジは、ケアンズにて入国した後は、バンダバーグで4か月以上のファーム就労を終えており、すでに延長ビザの申請資格(セカンドワーキングホリデー)を取得していた。(*1回目のビザで、オーストラリア地方都市において特定活動に3ヶ月(88日間)従事することが条件となる)

この延長制度は、日本人に限らず、すべてのワーキングホリデービザ保有者が利用できる制度であり、多くの若者が、主要なファームで就労し、ビザの延長申請を行っていた。ただし、就労条件に入っている職種は、農作業のほか、土木作業や、漁業、林業など、体力を必要とする職種が多く、その点で断念する者も少なからず存在した。

「ファーム経験者は、口々に『ファームはきつい』と言うよね、どうなんだろう?」「仕事自体は普通にできるんじゃないかなあ?だって、みんなやってるわけだし。それに、けっこう給料いいよ。」「そうなんだ。幾らくらいもらえる?」「だいたい、一日100ドル以上。だいたい、時給が12ドルくらいだから。ただ、オーナーによるかもね。」「へえ、結構もらえるんだね。宿はどうすればいいのかな。」「あ、ファームについて、本当に何も知らないんだね。宿が仕事を、紹介してくれるんだよ。オーナーが宿主であることが多いかも。いずれにしても、仕事が欲しいなら周りに負けないようにね。」彼とはそのあと、しばらく話しをして、別れた。お互いに話が合うということが分かって、ぼくに十分なお金がないことを知り、ヒッチハイクする予定だと知ると、気前よく100ドルを貸してくれた。男であっても、日本人のヒッチハイクは、まじでやめておいた方がいいらしい、ということも教えてくれた。僕はまた、シドニーに戻るつもりだから、その時に会おう、と連絡先を交換した。数ヶ月後、約束通り彼とはシドニーで再会している。あの時借りた100ドルは、すこし分厚くなって彼のポケットに戻っている。

バンダバーグへ行くのに、高速バスに乗ることにした。バスの発車時刻は、夜の6時。Noosa Headsで下車した場所に着いたあとも、2〜3時間は暇な時間があった。その間に、僕は、観光客らしい水着姿の女の子グループを見て楽しみ、彼女たちが近くを通っていくたびに、はにかみながら「Hi」と声を掛けた。全世界同じ反応をするんだな。突然声を掛けられた女子たちは、一瞬ぽかんとし、通り過ぎた後で「きゃははは」と笑う。変な異邦人が声を掛けてきたよ。なに、あれ。ウケる。という感じだろうか。まあ、なんでもいい。俺は、これからバンダバーグへ行くんだよ。土にまみれて、農作業をして、お金をためて、そしてまた、シドニーに戻るんだよ。そのとき、僕はノートにこんなことを書いている。「吐き気がするほど 嫌っていたのに お前がいないと 気が狂いそうになるんだ 帰ってきてよ マニー」今は、おんなのこよりせいかつひ。

当時を振り返ると、現実をきちんと見ていない、無責任な、ふわふわと地に足のついていない凧のような青年である。それでも当時は、こんなふうでも、一生懸命やっていたのだから笑ってやってほしい。

バスを待って、ずいぶん時間が経った。そうしていたら、また夜が来た。観光客もまばらになった。日が落ちると肌寒い。僕は来るはずのバスを待っている。ところで、もしも満席だったらどうする?よし、コインを投げて、表だったらバスに乗れる。もし、裏だったら、満席としよう。空中を回転してまた拳に返ってきたコインの向きは、裏だった。

世の中はどんな風に回っているのだろう? もしかしたら、認識して初めて、ものごとは存在するのかもしれない。つまり、僕がその可能性を認めなければ、存在すらしない。すくなくとも、知らずに済む。僕の見ている世界は、僕が認識しているものでしか存在し得ない。これまで、多くのことを知らずにいたし、これからもたくさんのものを見逃すだろう。そして、その間も、世界は回り続けている。ひと一人の気持ちなどいっさい関係なしに、回り続ける。僕が望めば、なにが起こっているのかを、知ることはできる。僕の現実のレイヤーに、すこしだけ手繰り寄せることが出来る気がするけど、それは知ったつもりでいることも多いんだろう。視界をシャットアウトすれば、見たくないもの、望まないものは、遠ざかっていく。ただし、こころから望むものも、やはりそれと同じだけ遠ざかっていく。 この感じは、綿あめつくりの機械みたいなものだ。ザラメを投入するだけでは綿あめは出来やしない。自分から手繰り寄せて、時に、流れに抗って、はじめて綿あめとなる。誰しもが、こうして、いくつもの綿あめを作ってきている。僕の現在も、多分そうなんだ。これもまた、あたらしい綿あめになるはずだ。きっと不格好だろうけれどね。と、このひどい状況のなかで、なんて客観的なんだろうか。そんなことを考えていたら、煌々とライトを照らすグレイハウンド・ハイウェイバスが到着した。

2021 Memories in Australia. (c)Naohiro Kosa

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