MiA V-Ⅴ

V-V

Greyhound bus

車内はほぼ満席だった。空いている席を探し、タイヤの真上の座席をみつけた。ギターケースは、荷物置きに預けず、脚の間に押し込むことにした。グレイハウンド・バスは、淡々と夜のハイウェイを北上する。窓の外を見ても、規則的に並んでいる街灯が見えるだけで、他は何も見えない。街灯の奥のほうには、広大な岩山が広がっているのだろうか。ところで、オーストラリア内地は砂漠のため、ほとんど人が住んでいない。人口密集は、沿岸部に集中している。その大部分が、東海岸だ。国土としては、日本の約20倍の大きさがあるけれど、人口は約1/5という、とても自然が豊かな国なのだ。人の手が入っていない自然がすぐそこにある。日本にすんでいる感覚よりも、もっと身近に、むきだしの自然があるのである。自然はチカラを持ったまま、存在しているという感覚だ。にんげんなんて、ちっぽけなもんだ。日本にいるとき、制作がうまくいかなかったり、仕事が見つからなかったり、生活にゆとりがなかったり、うまくいかないことがたくさんあった。それで気分が落ち込んで、社会を斜めに見るような価値観を持ってしまっていた。楽観的で、甘い考えで生きていたんだろう。うまくいくイメージを持つのは得意だけど、それを実現させるだけに必要な手段を探ることや、実行し続ける力が不足していた。そのなかで自分を守るためには、じぶんのなかで抽出され形成した価値観にしがみつくしかなかったのだ。今は思う。それって何の意味があるのだろう?それって、自分を含めて、だれか人一人でも喜ばせることが出来るのだろうか?それって、自分は心地よく生きていけるのだろうか?やりたいことと、自分の得意なこととは、もしかして違うんじゃないかーー ぽんぽんと頭に浮かび、脈絡なく出てくる言葉や考え。僕には、そのひとつひとつの相手をするだけの時間の余裕がたっぷりあった。シドニーを出てからというもの、ひとりでいることが多く、北を目指すこの旅は、ほとんど人と話すことがない。僕は、僕の頭のなかに、すぐに到達できるようになってきていた。自分の思考の特徴や、目を背けたがる話題。あるいは、何度も何度も浮かんでくる事柄について。この旅は自分との対話をするための旅になりつつあるようだ。

深夜になり、車内のあちらこちらから静かな寝息が聞こえ始めたころ、突如、車内アナウンスが鳴った。「このバスは、まもなくバンダバーグに到着します。お降りのお客様はご準備ください。」時計を見ると、AM2:00を回ったところだった。こんな真夜中に降車しなくてはいけないことに、不安を感じた。バスがロータリーに入っていく。転々と、緑色の設備灯があるものの、かなり薄暗い。当然、バスターミナルにはシャッターが降りていて、全体が不気味な雰囲気だった。うーん。最近まともじゃない状況が日常化している気がするぞ。ロータリーをぐるっと回ったところで、バスは停車した。にわかに人が降りだす。降車するのが、自分だけでなかったことに少し安堵した。深く眠っている乗客で、下車し損ねた人はいないのかしら?と他人事ながら、ふと心配した。

ギターケースを乗客にぶつけないように気を付けながら、バスを降りた。狭い座席でこわばってしまった脚をさすった。さあ、着いたぞ、バンダバーグ。ところがほとんど町に街灯はなく、どんな風景が広がっているのかさっぱり分からなかった。すこし行った先には広大な農地が広がっているのかもしれない。想像すると身震いした。オーストラリアに来てから、思わぬ時に、よく震える。「武者震い」だとおもう。それから、この旅のあいだ、幾度となく頭に浮かぶ言葉がまた出てきた「明日はどっちだ!」

Bundaberg

暗闇の中光っている赤いテールランプは仕方なく点灯しているようにみえた。そしてグレイハウンドバスは、さっさと走り去っていった。深夜のバンダバーグ・バスターミナルは、思いのほか人で混みあっていた。バンダバーグは、観光地ではない。すでにターミナルにいた先客も含めて、皆バックパックを背負っているので、ワーキングホリデーのビザ所有者とみて、ほぼ間違いないだろう。僕自身も含めて、バスから降りた乗客たちは、まず大通りに出て、町を探した。しかし、あまりにも街灯がなく、暗いことに怖じ気づき、ターミナルに残ることを選択する。何名かの者は、暗い道をフラッシュライトを照らして進んでいった。それを見て、フラッシュライトを持たない丸腰のグループは数分後に帰ってきた。僕は、深夜に土地勘のない町を歩くことは得策ではないと考え、しばらく周りの様子を観察していたので、そのグループの行動を見て、ターミナルに残ることを決めた。(ブリスベンでの夜に学んでいる)今夜の宿は、ターミナルで野宿である。庇のあるターミナル周辺は、すでに人が陣取っていたので、同じロータリー内にある小さな広場に向かってみる。そこは屋根はないが、ベンチがあった。ギターケースをベンチにもたせ掛け、自転車用のワイヤーロックを回した。夜が明けるまで、およそ3時間。明日のために、仮眠を取っておきべきだ。日が昇れば、この町のようすも見えてくるだろう。僕はノートに走り書きのメモをしてから、今日を終える準備をした。明日やることが決まっている夜は、いつもより安心して眠れる。腹いっぱい、焼き鮭定食が食べたいなあ。と考えながら、バンダバーグで眠りについた。明日の食料は、宿の料金が分かってから考えよう。もしも20ドルくらい残るなら、スーパーで小さな食パンとチーズとレタスを買おう。腹が減った。おにぎり、牛丼、カレーライス。あっつあつの味噌汁。恋しいなあ。

耳元で鳴く蚊の音で、目が覚めた。汗が張り付くようで気持ちが悪い。すでに日が昇っていて、明け方ではないようだった。ずいぶん寝過ごしてしまったらしい。時計を見ると9時を過ぎていた。バスターミナルも開いていて、昨晩、闇の中にいた群衆たちは、ほとんど姿がなくなっていた。僕は焦り、寝過ごしてしまった自分に舌打ちをした。ファームはどこにあるんだ?この町の土地勘が全くないので、どこかのグループに付いていくつもりだったのだ。大通りに出ると、延々とまっすぐにつづく道の先に、町らしき建物群が見えた。シドニーでは、親切にも、日本語で仕事をあっせんしてくれる所(エージェント)存在した。でも、おそらくバンダバーグには、そういう親切な場所はなさそうに思えた。僕は思い出す。「宿屋が仕事を紹介してくれる」、トウジが言っていた。宿さえ見つかれば、なんとかなる。町に行けば、なんとかなるさ。

2021 Memories in Australia. (c)Naohiro Kosa
#ストーリーテリング

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