MiA V-Ⅵ

Bundaberg

バス・ターミナルから歩き出して、すでに1時間は経っている。土地勘も、宿の当ても無いので、同じように見える通り(ストリート名は覚えていない)を歩いているし、もしかしたら迷っているのかもしれない。だいたいの勘で、町の中心を目指して歩いている途中、スーパーマーケットと、チャリティー・ショップを見つけた。オシャレであるとか、娯楽とか、そういったものはほとんど見当たらない。空は広く、道も幅広いのに、どこか閉鎖的な、常に監視されているような妙な感覚を覚えた。徒歩で出歩いている人をほとんど見かけない。車はそれなりに通行している。この町ではピックアップトラックが多く、その多くが農機具や出荷物と思われる木箱や段ボールを積みあげていた。だんだんと太陽が調子を上げてくる時間帯に差し掛かってきた。日陰のない道でようやく木陰を見つけ、立ち止まった。足元にはたくさんのドングリが落ちている。一瞬、これだけのドングリが全て木になったら、ここはジャングルになるだろうな。と想像した。けれど実際には、ドングリの発芽率は1%にも満たないのだという話を思い出した。地面に落ちたドングリの多くは、動物や虫に食べられたり、土の状態(アスファルトでは絶望的)が適していなかったりする。また、ドングリが落ちたところの日当たりの良し悪しも関係する。運良く、土の上に乗り、根を伸ばすことができたとしても、冬を越すという試練がある。芽が出るところまで到達しても、動物に食べられることがある。それらすべての条件をクリアしなければ、大人の樹になれない。だからこそ、これだけの数のドングリがあるなかで、たった100分の1なのである。すべては、種を残す、という目的を達成するためだ。環境や他の動物のせいにすることもなく(むしろ動物や昆虫を養っている)、木は、できる限りのことを粛々とやっているのだ。そう思うと、僕は、身震いした。今の僕の感受性はとても高く、目に写るものの多くから「意味らしきもの」を見つけることができる。

またしばらく歩くと、おそらくだが、町の中心地と思われるところまでやってきていた。(店の看板などに”CENTRAL”という文字を見かけるようになった)。大きな道路沿いに、何軒かのMOTELを見つけていた。けれど僕が探しているのは、仕事を紹介してくれる宿だ。その宿にはおそらく、「バックパッカーズ」等と書いてあるだろう、と予想を立てていた。いい加減に探すのも疲れてきた頃、ふと、カラフルな壁画が目に飛び込んできた。『City Centre Backpackers(AT WORK)』。探していたサインはここにあった。けれども、こんなにわかりやすい看板(実際は壁画)があるとは、想像もしていなかった。今歩いている通りは、マクリーン・ストリート。この先交差する大きな交差点の道路が、バーボン・ストリート。シティ・センター・バックパッカーズはちょうどその角に建っていた。


道路から見える二階部分は、半外の回廊になっていて、たくさんの洗濯物が干してある。その影に何人かの若者も見えた。上半身が裸のものも何人もいた。古くて安そうな宿だが活気があり、どことなく放課後の学舎のような、または、外国の映画で見たスラムタウンの雰囲気がある。宿のエントランスは、従業員通用口のような雰囲気で多くの場合と同じように重たい鉄扉だった。いつから貼ってあるのか分からない、オフィスアワーを記した紙が一枚、扉にかかっている。[Office Open 8am〜10:30am Each Day]腕時計を見ると10時30分にはまだ早い。鉄扉を押し開け中にはいる、予想していたものより軽い扉だった。
何人かの住人らしき若者がオフィス前にいた。掲示板の前に立ち、張り紙を見てなにか話をしている。オフィスと言っても通用口の脇にある質素な小部屋で、警備員室のような雰囲気だった。小窓を覗きみて、誰かいないかと探した。そこから見えたのは、大量に重ねてあるコピー紙や、のみかけのコーヒーカップ。何本も出ているキャップ付きボールペンに、ファイルケースが納められている立て付けの悪そうな棚板だ。雑然と散らかっている小さなオフィスに人影はない。掲示板の前にいた若者に、「オーナーはどこにいる?」と訊いたが、彼らは「知らない。」と言った。そして掛け時計を見やってから「時間までまだあるから、多分戻ってくるんじゃないかな。」と付け足した。彼らは、ここでの日常に馴染んでいて、他所からのものを排除するようなところがあった。どこか敗退的な諦めと、仲間との連帯感による癒着を感じ、僕はその場を離れることにした。とはいえ、僕は建物内でオーナーを待つことにした。よく見ると、オフィス横の出入り口には、廊下側から南京錠が掛けられている。廊下を進んでロビーに出た。すこし開けた場所になっており、部屋の隅に古びた卓球台があった。伸び切ったネットが台に付きそうになっている。近くにラケットは見当たらない。(ビリヤード台だったらよかったのに。)ロビーの正面には、やけに立派な手すりのある回り階段があって、ほかと不釣り合いなそれは、異様な存在感を放っていた。ロビーの奥にも左右に分かれる廊下があり、それぞれ、共同キッチン、一方、TV ROOMへと分かれているようだった。その先には外に繋がる勝手口があり、扉は開いていた。外の光が廊下に差し込んでいる。風は心地よかったが、フロアカーペットの踏みしめられた湿気のような、建物の古びた匂いも際立たせた。
壁掛けの時計をみると、10時30分を回っていた。オフィスへ戻ると男がオフィスの南京錠に鍵をかけているところだった。男はがっちりとした体格で、背が高く、染みの浮き出たつば付き帽をかぶっている、おそろしく腹が出ている初老の男だった。僕は、「すみません、ミスター」と声を掛ける。南京錠をかけ終わった男は、僕を見る。背中にはリュックサック。手にはギターケース。到着したばかりであることはすぐに分かったはずだ。「ここで泊まって、そして、働きたいのですが」「部屋はありますか」そういうと、オーナーは「ちょっと待ってろ」と言って、南京錠を開け直した。いっしょに部屋に入ろうとする僕を制して、オーナーは小窓から見える机についた。指紋やなにやらでレンズの汚れた老眼鏡をかけ、使い込まれたノートを開く。宿泊台帳だとおもう。Ok、ベッドはあるな‥などとぶつぶつ言っている。「で、おまえさんはセカンド・ビザを取りたいのか?」眼鏡の奥からギョロリと覗き込まれた。

2021 Memories in Australia. (c)Naohiro Kosa
#ストーリーテリング

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