MIA V – Ⅸ⑵

ソフィアは自分のことを「ソフィ」だと言った。「みんなそう呼んでいる、だからあなたもそう呼んで」とも。煙草を求められたときに、彼女がスモーカーであることを意外だと感じた。煙草のもちかた、口への運び方、灰の落とし方、すべてが取って付けたように見えるので、「よく吸うの?」と訊いてみる。本当はほとんど吸わない、と返ってきた。静かな涼しい風が吹く。僕は自分の名前を「ナオ」だと、言った。ナオヒロでは長いから実際に、そう呼ばれていた。沈黙が続く。明日は仕事なの?と訊いてみる。ソフィは違うよ。という。またしても沈黙。ソフィは脚を組み、椅子に座っている。煙を吐くときに向いた横顔は、ツンとした鼻が際立っていて、西洋人の輪郭だよなあと眺めていた。ソフィの煙草がもみ消されるのを待って、僕は部屋に戻るよ。といった。ソフィは「goodnight」と言った。僕もおやすみと言った。自室のルームメイトはみんな静かに眠っていた。ベッドに潜り込みながら、僕は自分の鼓動が速いことに気が付いていた。

翌朝、朝5時から夕方までの勤務を終えた僕は、日払いでもらえる給料を数えてみた。昨日から働き始めて、手持ちは、130ドルほどに増えた。一日の収入は、平均時給12ドル×8時間(時々残業あり)=96ドル~108ドル。宿代が、27ドルなので手元には、だいたい70ドル程度は残っていく。これまでのことを考えると、そう悪くない給料だった。シドニーに戻るにしても、賃貸料(ルームシェア)が200ドル/週くらいは必要になるし、すぐに仕事が見つかるとは限らない。だから、いまは出来るだけ貯蓄をしておきたかった。いつもハングリー・タムで食事をしていると高くつくので、僕は初めて近くのスーパーに食品を買いに行った。料理については、ひとり暮らしをしている経験で苦手ではなかった。とはいってもひとり暮らしでつかう食材はワンパターンになりがちだ。豆腐、味噌、めんつゆ、卵、米・・。日本ではだいたい、そういう物を食べていた。でもここは外国だから、都市部でないと日本の食材は簡単に手に入らない。オーストラリアのスーパーマーケットには、見たことのない多さのTボーンステーキ肉や、3L入りのアイスクリームが当たり前に並んでいて、食生活の違い、体格の違いについて納得していた。僕自身がスーパーで食材をえらぶ時の基準は決まっている。それは食べきれるかどうか、だった。バックパッカーはたいてい共同のキッチンであり、食材の管理も共同の冷蔵庫になる。僕は、食事のたびにグループの中に入っていくのは得意ではない。だから、いつでもコンパクトに管理できるものがいい。そして、栄養価の高いもの。そう考えていくと、食材はだいたいレパートリーが決まっていた。サンドイッチにも出来るナッツ入りの食パン、ハムなどの肉の加工品、チーズ、それから、トマトやズッキーニ、ビートルートなど、少しの手間でおいしく食べられる野菜。食事は代り映えのないルーティーンであり、いつも同じような食べ物を作っていた。その日も、野菜とハムのサンドイッチを作るために、共同キッチンへ行った。ビートルートを洗って、スライスする。チーズとハムを適当な大きさにり、はさんでいくと完成だ。一度に大量に作っておき、しばらくこれを食べる。食事に彩りはないが、それで良かった。味に飽きたら、スナックやジュースで気分を変える。今日作ったサンドイッチを持って、部屋に戻った。夕方6時ごろが最も賑やかになる、このバックパッカーは、住人ならどの部屋にでも自由に出入りできる気楽さを持っていた。スンはこの部屋のリーダー的な存在で、ベッドの段の移動希望があるときや、荷物の置場のルールを決めたりする相談役だった。そんな風に部屋の中で、一番長くいるスンにはいつも相談事が集まっていた。例えば、ボールペンが必要な時もスンに訊けば、すぐに貸してくれた。継続的な仕事の取り方を教えてくれたのもスンだ。このバックパッカーのオーナーではなく、発注元の農場主に役に立つ奴だ、と思ってもらう働きをすること。そのうえで農場主からオーナーに口をきいてもらうといい。毎回ちがう現場に行くよりも、慣れている現場のほうが楽だろう?という話しだった。スンは頭が良かった。世の中の渡り方を知っていた。仕事内容は、あからさまに人種による差別があった。そのため、有色人種は体を酷使する炎天下での作業がおおく、まるで、ウシか馬のようにこき使われた。シャワールームの順番ですら、ヨーロッパ勢の無言の圧力があるなかでスンのふるまい方は実際、とてもスマートだった。スンは顔が広い。この宿の中では、全員と知り合いなんじゃないかと思うくらい、どこへ行ってもうまくやっていた。スンがやっていることはシンプルだった。だれとでも笑顔で、そしてジェントルマンに振る舞うことだった。その姿は、例えるならディズニー映画のアラジンのようで、いつもどことなく、おどけたような楽しさがあった。僕はダメだった。宿の中ではスンと一緒に行動することが多く、スンの連れという立場で通ったけれど、僕はスンのように振る舞えなかった。スンのように、誰にでも気さくに挨拶をして、だれとでも打ち解けてみたいと思った。けれど、あと一歩がなかなか踏み出せずにいた。グループで集まって部屋で話したり、遊んだりすることが苦手で、そんなとき僕は一人、よく中庭に逃げた。ノートとペンを持ってきて日記を付けたり、思いつくことを書き留めたりして、大半の時間を過ごした。中庭に隣接するTVルームからは、大音量で流されている映画の音声が聞こえてくる。どうして僕はふつうに出来ないんだろうか?

夕食時を過ぎると、キッチンは空いている。その時間を見計らって飲み物をつくりに行った。作業現場は、水道も日陰もない場所であることが多かったので、何本ものペットボトルに紅茶をつくり、作業に持って行っていた。(麦茶パックというものが手に入らなかったから、紅茶パックで代用している)この日もお茶つくりをすませた後、ひとり中庭で過ごしていた。木のテーブルをはさんで、ソフィが座った。彼女は僕を見て「HI」といい、持っていたノートに目を落とした。彼女とは、二日ぶりに会っていた。僕もまた、挨拶をする。テーブル越しの彼女とふと目が合った。まつ毛の長い大きな瞳がとてもきれいだと思う。目の色は緑がかった深い色だった。「構造が違う」日本人と構造が違うすぎる。何を思ったか、僕はそんなことを考えていた。僕は持っていた文庫本「自分の中に毒をもて/岡本太郎」に目を落とした。時々、視線を感じるのは何だろうか。いやいや、自意識過剰なんじゃないだろうか。もう、部屋に戻ろう。そう思って、立ち上がろうとしたときソフィが「待って」と言った。目が合うと、「座って」という。「あなたの手をスケッチしているの。もう少しで終わるから。だから待って。」視線の理由はそれだったのだ。僕は、黙って座りなおした。「本を、読んで」というので、言われた通りにする。しばらくすると、ソフィは満足そうな笑顔で「できた」といった。絵はお世辞抜きに、上手だった。この日から、僕とソフィの時間が始まった。

2021 Memories in Australia. (c)Naohiro Kosa
#ストーリーテリング

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