MIA V – Ⅸ⑶

なにかの約束をしているわけではないけれど、夕食の後には、たいていどちらかが先に中庭へ来ていた。僕たちは、何をするわけでもなく時間を過ごした。ソフィが文章を書いたりスケッチをする側で、僕は読書をする。(ソフィのノートは、フランス語で書かれてあった)静かになったキッチンへ行ってコーヒーを淹れる。二人分のマグカップを準備する。そんなささやかなことが、胸があたたまる幸せを感じさせた。スケッチは断続的に続いていた。僕は、スケッチの間ソフィに見つめられることが心地がよかった。ソフィと僕は、決しておしゃべりではなかった。そして、二人とも英語が母国語でないという理由も大きかったのかもしれない。真剣な表情で観察をするときのすこし難しそうな眉も、ゆるやかにカーブした長いまつ毛も、細い首筋から伸びる肩も、すべてが華々しく、生き生きと呼吸していた。退屈だった日常は一転していた。ソフィが顔を近づけるときは乳のような甘い香りがした。描いたものを見せてと頼んでも、最近は見せてくれない。彼女は、オーストラリアにいつからいるのだろう。僕は、ソフィが二ヶ月前にメルボルンから、バンダバーグへ移り住んできたこと以外、何も知らない。

シティ・センター・バックパッカーに滞在してから2週間が経っていた。ここ数日は大雨が降り続いていて仕事はキャンセルされていた。収入もなく宿泊費と食費だけが掛かる。あらためて、生きるというのはお金がかかるものだ。たくさんのワーカーが宿に溢れかえり、みんな退屈していた。本を読むことにも飽きてきたので、スンと僕は映画を見にTVルームへ行くことにした。(雨の日は、屋根のない中庭でソフィを待つこともしない)予想通り、TVルームは人であふれていてソファは埋まっている。誰かが選んだ、バックトゥザフューチャーがテレビに映されていた(物語はまだ序盤のようだ)。ソフィはいないみたいだ。二人がけのソファがたくさん並んでいるなかで、一人分ずつ空いているソファがふたつ隣あっていた。「あそこにしよう。」スンと僕は別れて腰掛けた。物語が進むにつれ、外の雨はどんどんひどくなってきた。窓のそとで強烈な閃光が走る。大きな落雷の音が建物を包み込み、停電した。とたんにテレビ画面は暗転。映画の中断を惜しむ声と、落雷に怯えるちいさな叫び声とが部屋にあふれた。夕方には早い時間帯だったので、停電しても部屋は薄明るさを保っていた。ブレーカーの位置を知っているものが、管理室へと向かった。僕は雷はこわいとは思わない。瞬発的に響く大きな音も、雷光の瞬間に全てのものが真っ白くホワイトアウトするのも、ぞくぞくする。視聴覚から入ってくる情報は僕をわくわくさせてくれる。

パッと、部屋にあかりが戻る。誰かがうまく直してくれたのだ。再度、テレビにバックトゥザフューチャーが流れる。落雷による一連の出来事が落ち着きを見せ、部屋にはまた、気だるいまどろみが戻っていく。

2021 Memories in Australia. (c)Naohiro Kosa
#ストーリーテリング

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