MIA V – Ⅹ

V – X

 暖炉の火が爆ぜる音を聞いた。山間のふもとには日光が届く時間が少なく、朝晩は冷え込みが厳しい。僕はブリスベンから南西に約80キロ行ったところの乗馬クラブに住み込みで働いていた。あの日、ソフィをのせた飛行機は勢いよく飛び立ち、あっという間に雲の一部になりはてた。僕はただ、薄くなっていく飛行機雲をみている。今ではそれは空に漂う雲の一部分でしか無い。バンダバーグで過ごした日々は、全部嘘だったかのようだ。この現実味のない現実は、いまの僕にはとても重たく、疲れ果ててしまった。このまま、眠ってしまいたい。ブリスベン市内でバックパッカーを一泊取ることにする。ロビーで部屋の鍵を受け取り4人部屋のドミトリーに入ると、50代の夫婦と相部屋になっていた。ヨーロッパからの旅行客らしく、とても感じの良さそうな夫婦だ。とても幸せそうに見える。身なりだってしっかりしている。ふと、なぜこんな安宿に泊まるのだろうと、思った。あいさつも兼ねて話していると、わざわざバックパッカーに泊まることに意味があるんだと話をしてくれた。この夫婦は、20代の時に二人でバックパッカーをしていたという。当時、大きなリュックに色々なものを詰めて、仲間と共にエアーズロックへ行ったのだそうだ。50代になった今、子供たちも手を離れて、こうして二人で思い出のオーストラリアに来ている。今回は、”スーツケース”だけどね。といってピースサインをクイクイして笑った。夕食に近所のレストランを予約してある、一緒にどうだい?と誘ってもらったけれど、丁重に断った。ありがとう。でも、ちょっと疲れているんだ。そういうと、無理しないでねと気遣ってくれ、ふたりは部屋を後にした。ひとりきりになった途端に静けさが広がる。窓の外から都会の雑音が薄く聞こえてくるばかりだ。ベッドに入った途端、不思議と眠気はおさまった。これからのことをすこし、考えておきたかった。思い立ち、散歩に出ることにする。

ブリスベン川の畔(ほとり)から、ストーリー・ブリッジを眺める。小さい時から川の近くに住むことが多かった。場所が違えども、同じように馴染みを持てる。川辺で考え事をすると、すぐに思考に入ることができるから僕にとってはお気に入りの場所だ。胸がひっくり返りそうに怒っているときも、どうしていいのか分からずに絶望しているときも、とどまることなく流れ続ける水面を見ていると、自分の考えに固執しなくてもいいんじゃないかと思えるときがくる。空港の展望室で、パリへと飛び立つエールフランス航空の飛行機を見つめているとき、哀愁とともに、意外にもすこしすっきりとした感情が胸に広がっていた。それは、現実に折り合いをつけるきっかけをもたらした。人生で起こるあれこれは、点と点が結びつくことで初めて意味合いを持ち、それに気がつくことが重要だと、何かの本で読んだことがある。たしかに、バンダバーグでの生活は、ソフィを中心として、多数の点が出逢うことで、おもいがけない物語になった。ただ、そこで生まれた線には、物語のはじまりのときから終わりの点が予め決まっていたのだ。人生は線ではない、面である。ぼくはそう思っている。何層にも折り重ねられた層によって映し出されるプリズムみたいな面なのだ。その光は、刻々と表情を変え、同じ時は二度とない。だから美しいのだ。儚く、触ることもできない。胸焦がれる場面に満ち溢れているのだ。いまはただ、寂しく、辛い。しかし、美しくもある。光は決して壊れることがない。だから、大丈夫だ。

この川は、ブリスベンに住む市民にとって象徴的な存在なのだろう。都市になじむ川辺には、市民の活気がある。周りを見渡すと、様々な人の生活がここにあることがみて取れる。ベビーカーで泣いている赤ちゃんをやさしく抱き上げる母親が、一歩一歩確かめるようにゆっくりと歩行器を押して歩く老人が、スケートボードの練習をしている若者が、一生懸命に虫を探してる男の子が、この場所にいる。それら全てが、とても純粋で、いつわりなく本物の、美しい光景だった。甘酸っぱい傷を負っている僕には、十分な癒しだった。木々の間からは、歌うような鳥の鳴き声が聞こえ、姿は見えないものの、ほかにも小さな動物たちが動き回る気配がある。ふいに、バンダバーグの宿の光景を思い出す。ギターや荷物を宿に置いていたから、一度は戻る必要がある。そして、あらためて南下しよう。最終目的地は再びシドニーに決めた。バンダバーグで、もうあと一月働けば、セカンドビザ(期間延長ビザ)を取るという選択も出来たが、そうはしなかった。日本へ戻りたいと思っている。その理由は、自分の中に強い衝動を感じているからだった。頭の中で、多重奏の音楽が鳴っている。今なら、だれかの真似ではない本物の、自分がつくりたいものを見つけられるような気がしている。うまく言えないけれど、胸が軋む。それと同時に高揚感が込み上げてくる。どうかしてしまったのかと思うが、ここまでの実態を伴う経験は初めてだった。まるでコップから水が溢れそうになるのと同じだった。狭い頭の中ではなく、はやく外に出してやりたい、そう思っていた。

幸い、バンダバーグで働いていたおかげで旅の資金は十分に蓄えることができていた。一時は100ドルを切っていた所持金も、いまでは3,000ドル近くに増えている。トウジに借りていたお金も十分返すことができる。日本へ帰るための航空券だって買えるだろう。ただ、シドニーに戻る前に、安く生活できて、自然の豊かなところで、考えをまとめたい。日々の想いは簡単に消えていく。良いことも、辛いことも、可能な限り鮮明に残したい。自分を形成するものをしっかりと保存しておきたい。ふと、乗馬クラブを思い出した。ヌーサに立ち寄った時、働き口の場所として候補に上げていた場所だ。たしか、ブリスベンから山の方へ南西にすすんだところにあったはずだ。

ブリスベンで一泊した次の日、さっそく連絡をとった。いちど見学に来るといい、と言われ、その日のうちに乗馬クラブへ向かった。クラブハウスは、山間部の孤立した集落の一角にあった。手早く仕事の内容を教えてもらい、この場所を君が良いと思うならと、すんなり雇ってもらえた。その後、バンダバーグへ荷物を取りに行き、こうして暖炉の火にあたっている。この山間部に位置したクラブハウスのまわりには、何もない。乗馬クラブと言っても、コースは岩が剥き出しになっている乾いた山だし、そもそも芝生がない。僕の仕事は、客を乗せた馬を引き、岩山の中で決められたコースを歩くこと。時間にして約45分だ。優雅な遊びというより、アドベンチャーのようなコースで、馬のお世話係、兼、山登りのガイドということだ。日中は何組かの観光客を連れて山を歩き、夕方になる前にはツアーを終了する。そして、陽が落ちる前に馬たちの世話をして、人間のために飯をつくる。朝は陽が昇る頃に起き出して、馬たちの世話をして、観光客の相手をする。週に一度、クラブハウスの車に乗り合わせて町へ行き、酒や煙草といった嗜好品を買いまとめた。仕事をしている時以外は、暖炉にあたって本を読んだ。考え事をした。この乗馬クラブではそんな風に日々が過ぎた。単調な森の生活は思考を熟成させた。

2021 Memories in Australia. (c)Naohiro Kosa
#ストーリーテリング

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