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ストーリーテリング

Memories in Australia.[iv-ii]

ブリスベンにて

来た道を戻りながら、ポケットの所持金を確認した。20ドル札4枚と10ドル札が1枚、それに5ドル札。あとは、コイン少々と日本での預金残高がほとんどないクレジットカードが一枚あるだけだ。手持ち100ドル少々。

この時、僕はブリスベンにいる。ここから、すこし話が脱線するが、当時の経済状況を説明するためにしばらく、脱線にお付き合いいただきたい。

シドニーを発つ前に、働いて蓄えていた資金1,500ドル(当時の為替で約14万円)を現地の市中銀行に預けたことがあった。外国のATMは路地に面して設置してあることが多く、僕もまた、通りに面したATMで預入をした。

ちなみに、ATMで入金をしたのは初めてだった。初めて目にする英語もあって、少々戸惑いながら手続きを進めた。お金を投入し、画面上、たしかに入金されたことを示す「$ 1,500.00」の表示がされた、なんとも誇らしい気持ちだ。この金は、僕が外国で働いて、じぶんで稼いで貯めたお金なんだ。ここまで時間が掛かったな。けれど、これで当面の旅の資金はできたんだ。我ながらよくやっている。

ホッとして周囲を見ると、うしろに数名の利用客が並んでいた。これはいけない、手間取ってしまった。そそくさと、その場を立ち去った。しばらく行った先で飲み物を買うために財布を開いた。ここで僕は大変なことに気が付く。あるべきはずの銀行のキャッシュカードがないのだ。財布の中、左右のポケット、後ろポケット。それからリュックサックの小ポケット。探せるところはすべて探したが見当たらない。

「もしかして取り忘れたのかも」しかし、カードを取り忘れるなんてことが、現実にあるのだろうか。来た道を急ぎ足で戻りつつ、状況を整理した。普通なら、入出金取引が終わったらカードは自動で排出されるもの。疑問は、一点に絞られた。「なぜカードが吐き出されなかったのか?」。そこまで思い当たったとき、嫌な予感がした。

先ほど預入入金をした銀行ATMまで戻ってきた。ATM横でキャッシュカードは見つかった。散らばっていた明細書の屑とともに、カードは落ちていたのだ。安心したのも束の間、残高照会の結果で愕然とする。ついさっき預金した1,500ドルが、きれいさっぱり無くなっている。半ばパニック状態で窓口へ向かった。ただ事ではない顔をしていたに違いない。ほかの客は、訝しげにこちらを見ている。列に並ぶ。このときの待ち時間がなんと長く感じられたことか。

やっと自分の順番が来て、窓口で状況を説明した。つい20分前くらいに、ATMで入金をしたこと。そのあとで、カードを取り忘れたかもしれないこと。現在の残高が、まったくのゼロになっていること。窓口の行員は、本人確認証の提示を求めたうえで、口座の入出金記録を確認してくれた。「さきほどの入金後、すぐに出金されているようですよ。」

認めたくはないが、これが現実のようだ。取引中のまま、その場を後にしたのだろう。次に待っていたATM利用客に根こそぎ持っていかれてしまったのだ。(防犯カメラに写っているだろう、協力してほしい。とお願いしたが、どういうわけか相手にされなかった。こちらの英語力が足りていなかったのかもしれないし、今となっては何が原因かわからない。)

そういうわけで、シドニー 〜 ゴールドコースト 〜 ブリスベンと渡ってきた今、手元に100ドル少々の現金しか持ち合わせていなかったのだ。見知らぬ土地に一人でいることの不安はあったが、なんとかなるだろうと楽観的に考えていた。

(今でこそ思うが、たったこれだけの金しかなく、ふらふらと外国を歩いていたのだから、若いというのは大したものだと思う)

(つづきます。)
※オーストラリアに滞在した2007年〜2008年の放浪記を綴る連載企画です。

※掲載順:[序〜iv]


Text: 小佐直寛(Naohiro Kosa)

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