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ストーリーテリング

Memories in Australia.[iv-ⅵ]

だれかに体を揺さぶられて目を覚ました。やはり無理な姿勢だったのか、体が痛い。煌々と明るかったはずの天井は、いくぶん照度が下がっているように見えた。目の前に、小柄な、黒人のおばさんがいる。派手な柄のバンダナを頭に三角巾のように巻き、度のきつそうな眼鏡をしている。手にはモップとバケツ。つまりは、空港の清掃員ということか。

眠りこける僕に、何度も声をかけていたらしく、言葉の端々やその態度に、苛立ちが露になっていた。

”We’ll be closing here soon,bring your luggage and leave here early! There is an exit!” おばさんは、つまりこう言っていた。「空港はもうすぐ閉まるから、早く出ていきな。出口は向こうだよ!」寝起きの頭に、英語はなかなか入ってこない。「え?閉まるの?」と、いくぶん自分でも驚くほどの大きな声が出ていた。

そうか、国際空港でも夜は閉まってしまうのか。こちらが勝手に当てにしていたくせに、怒ったように問うてしまって申し訳なかった。こちらの事情を説明する。宿が取れなくて困っていること。外は寒いので、なんとかここで夜を過ごしたいこと。

清掃員のおばさんは、にわかに同情の視線を投げてはくれたが、やはりすぐに首を振り、「12時になったら全ての出入りはできなくなるから、出て行って。出口はあっちだよ。」と言った。

これ以上、ごねても仕方ない。それに、彼女には彼女の仕事があるのだ。荷物を背負いなおし、言われたほうの出口へ向かった。


空港の建物から一歩出ると、寒さが身に染みた。吹きさらしの空港付近では風が強く、体感温度はさらに低く感じる。行く当てもないので、晩ご飯を食べたパブがあった方へと、なんとなく歩いていった。行きよりも帰り道のほうが、近く感じる。これは「リターン・トリップ・エフェクト」とよばれている。この感覚を引き出しているものは、見積もりの誤差によるもの。はじめての道は、かかる時間を短く(誤って)見積もっているらしい。そのため、未だ着かない…未だ着かない。と感じるのだ。

今の僕には行く当ても、予定もない。しかも少し酔っぱらっていて、かなり疲れている。時間の感覚など、持っていない。さきほどのパブに着いた。店内には電気がともっていたので、もう一度入ろうかと近寄ったが、扉には「CLOSE」の札がぶら下がっていた。

仕方がないので、さらに進むが、パブから先へは行ったことがなく、未知の領域だ。すでにミッドナイトの時間帯だ。状況への反応は、即座に体に出た。ギターを持つ手がこわばる。利き手の右から、左手へ持ち替えた。幹線道路沿いに等間隔で立っている街灯は頼りなく、歩いている歩道はほとんど真っ暗だ。

林をはさんだ奥のほうにいくつかのビル群が見える。この場所からのオフィス街までの距離感は掴みづらく、非現実的で蜃気楼のように見えた。この道がどこまで続くのか分からないが、幹線道路に並行して進んでいる間は、どこかに迷い込んでしまうことはないだろう。この周辺は、港湾倉庫とおもわれる巨大で無機質な建物は見えるものの、人気はない。コンビニひとつ見当たらない。(日本のように、どこにでもコンビニはなく、自動販売機も道端には無い。)からだは疲れを訴えていたが、ここで足を止めると、行き先もない僕は、ただ立ち尽くしている人になってしまう。それに、いちど足を止めれば動くきっかけを失いそうでもある。タイミングが見つからないまま、歩き続けた。その先に20mはありそうな、大きな噴水があった。そしてそこは、公園の入り口のようになっている。

※掲載順:[序〜iv]


Text: 小佐直寛(Naohiro Kosa)

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