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ストーリーテリング

Memories in Australia.[iv-x]

歩道橋を進むと、開けた場所に出た。複数の歩道橋が交わる広場になっており、いわゆるペデストリアンデッキが形成されている。広場の外周に沿って足元を照らす照明が配置されていて、ほのかに明るい。それは祭りの後のステージのようにも見えた。ぐるり、一周してみると一か所、階段で地上と繋がっている歩道があった。そのかたわらに、丁寧にギターを降ろした。何度も持ち替えて運んできたが、そろそろ握力も限界だった。

周りには、誰もいない。やっと一息つける気がした。側にある階段は急こう配であり、ほかの場所と比べて人の通行量は少ないだろう。空はすでに朝の気配を漂わせている。しばらくの間、ここで仮眠を取ろう。そして、目が覚めたら、Bundaberg(バンダバーグ)の農場へ行く高速バスへ乗ろう。

この計画は、ビジネス街を歩きながら、考えていたことだった。今の所持金では、アパートをかりるお金もない。現実的に、生活の資金を稼ぐにはそこしかないだろう、と考えていた。

地面に腰を下ろし、リュックサックから常に携帯している自転車用のワイヤーロックを取り出した。履いているジーンズのベルトループとギターケースに繋ぐ。こうしておけば、寝ている間に、万が一だれかにギターを持ち去ろうとされても気付くことができるだろう。

広場の隅に、横になった。目を閉じる。ひどく疲れていた。さっきまでの出来事は夢か、真か。昨晩からの様々なことがフラッシュバックし、脳は興奮状態にあって、ぜんぜん寝付くことができなかった。寝返りを打ち、ふと薄目を開けた。その目の前には、ちいさなちいさなカマキリがいた。生まれて間もない、子どものカマキリだった。

体長わずか数センチしかないそいつは、こちらを向き、身動ぎもせず、自分の鎌をこちらに向けて威嚇(いかく)をしていた。

この身ひとつ。裸一貫で、精一杯に、生きている。

自分の感情はコントロールできず、驚きとともに、僕の心はなにか途方もなく温かいもので満たされていた。
ふいに目にしたその光景は、思いがけず僕を感動させた。そして、それはある種の重要なメッセージのようにも感じられたのだった。さらに驚いたことには、じぶんでも気がつかないうちに涙をながしていたことだった。

※掲載順:[序〜iv]

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