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ストーリーテリング

MiA V-I

Ⅴ-Ⅰ

足音で目を覚ました。すでに陽は高く昇っており、歩道橋は通勤者で溢れていた。皆一様にスーツを着ている。その光景はどこか非現実的に映った。

路上は固く、埃っぽかった。朝のブリスベンは空が高く、さんさんと降りそそぐ太陽のもとで自分を見返すと、衣服は薄汚れ、洗っていない髪の毛は固くへばりつていた。我ながらみすぼらしい姿だと思った。身を起こし、地面に座りなおす。目線の高さを、無数のビジネスマンの膝が通っていく。床に座っているアジア人は単なる障害物であり、それ以上に気に留める素振りもない。まだ、ぼんやりとしている頭で、持ち物の確認を始めた。ベルトループを通った自転車用ワイヤーロックはギターケースに繋がっており、ぴたりと蓋が閉まっている。リュックサックの中にあるパスポートや財布も定位置にある。現実的な行動ができることにすこし安堵し、あらためて昨晩のことが夢のように思われた。寒い夜だった。歩き、走り、何かから逃げ、ここにたどり着いた。昨晩の自分はすでに幻と化していた。たしかに自分の体はここにあり、見えるものも見え、体にまとう不快感を確かに感じるのだけれど、中身だけがどこか別の場所にあるような感覚が、身をまとった。おもむろに、リュックのポケットから煙草を取り出して火をつけた。この奇妙な感覚を消し去るために、煙の行く先を目で追いながら、昨晩立てた計画を思い出してみた。ポケットの所持金は70ドル。これから、ブリスベンのバスターミナルへ行き、ケアンズ方面へ北上するハイウェイ・バスに乗る。乗車料金はいくらなのか分からないので、チケットセンターで尋ねてみなければならない。もしも、所持金だけではバンダバーグまで行けないとしたら?その時は、行けるところまでの最大距離のチケットを買うまでだ。

路上から立ち上がり歩道橋の階段を下りて行った。いま自分がいる場所がどこなのか見当がつかないが、交通量の多い道路であることは理解できた。道沿いに歩いていけば適当なバスストップが見つかるだろう。そこで路線図を見れば、長距離バスに乗り換えられそうな大きな駅が見つかるはずだ。歩道橋を降りたあとは西へ行くか、東へ行くか、朝日が眩しいからという理由で東を選んだ。高層ビルの地上階に入店しているガラスのショーウィンドーを眺めつつ、しばらく歩いたところにバスストップがあった。路線図を見ると、Brisbane Transit Centre(ブリスベントランジットセンター)がある。一番大きな駅のように思えたので、目的地はそこに定めた。しばらく待つと、すぐにバスはやってきた。通勤者で車内は混雑してるようだった。僕は思わず自分の衣服のにおいを嗅いだ。薄汚れてはいるものの衣服からは匂いはあまりしなかった。背筋をのばす。近づくバスの車窓から、乗客が自分のことをなにか珍しいものでも見るように見られているような気がして(実際にはそんなことはないのだが)、思わずバスから目をそらした。降車口はたくさんのビジネスマンを排出した。僕が乗るときには、車内はほとんど空っぽになっていた。ブリスベントランジットセンターへの道は、昨晩目にした風景が含まれているようにも感じたが、バスのスピードに実体験は追いつくことができなくなり、僕は途中で諦めた。黙っていても、目を瞑っていてもこのバスは僕を目的地に連れて行く。それが事実なのだ。

Brisbane Transit Center に到着した僕は、チケットカウンターへと向かった。「バンダバーグへいきたいのだけれど。」と僕がいうと、つまらなそうな顔をしていた受付嬢は今日の午後の便をアレンジしてくれた。値段を訊くと120ドルという。運賃70ドルでアレンジし直してくれと言うと、受付嬢は一瞬怪訝な顔をしたが、Noosa(ノーサ)という場所までなら乗ることができるという。そういうわけで、晴れて北上するGreyhound Australiaの長距離バスチケットが手に入った。バスの乗車時刻までは、待合室で眠ることにした。営業時間内のバスターミナルなら、無理やり起こされることもないだろう。

昨晩のあれこれの出来事を思い返しながら、予定が決まっている未来を持っていることは、かくも人を安心させるものだな、と思った。そして、起こりうる出来事にあらがうことなく、ただ身を任そうと考えていた。そこに意味がなくともだ。逃げることなく、抗うことなく受け入れ、そして最善の対処をするのだ。

目を瞑ると、ブルーマウンテンの美しい星空を思い出した。僕は、短いけれども、とても深い眠りについた。

2021 Memories in Australia. (c)Naohiro Kosa

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