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Memories in Australia.[iv-ii]

来た道を戻りながら、ポケットの所持金を確認した。20ドル札4枚と10ドル札が1枚、それに5ドル札。あとは、コイン少々と日本での預金残高がほとんどないクレジットカードが一枚あるだけだ。手持ち100ドル少々。

この時、僕はブリスベンにいる。ここから、すこし話が脱線するが、当時の経済状況を説明するためにしばらく、脱線にお付き合いいただきたい。

シドニーを発つ前に、働いて蓄えていた資金1,500ドル(当時の為替で約14万円)を現地の市中銀行に預けたことがあった。外国のATMは路地に面して設置してあることが多く、僕もまた、通りに面したATMで預入をした。

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Memories in Australia.[iv-i]

Brisbane

ゴールドコーストからブリスベンまでは、電車で移動した。隣町なので1時間以内の乗車時間となる。ブリスベンセントラル駅に到着したのは昼過ぎ。ゴールドコーストよりも都会的で、目と鼻の先にはオフィスビル群も見える。駅構内にあるハングリージャックス(Hungry Jack’s:バーガーキングのオーストラリア商標名。キャラクターはシンプソンズ。店員はインド系の人が多い。)で昼食をとりつつ、今夜の宿を探すためにガイドブックを開いた。

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Memories in Australia.[序]

🇦🇺オーストラリアの記憶(Memories in Australia)🇦🇺

今から13年前の2007年にオーストラリアへ行ったときの話をしたい。国が推奨するワーキングホリデー制度を利用し、関西国際空港からの片道切符でオーストラリアへ入国した。22歳の僕は、どこへ行き、なにを感じたのか?今となっては、おぼろげな記憶。そこから正確な事実を書き起こすことは、とても難しい。

日本を発つ前、バンドマンとしての成功を夢見ていた、地に足のついていない、凧のようにふわふわと、常に不安定な若者だった『僕』。異国での十分な資金もない生活、日銭を稼ぎ続けることで糊口を凌いだ日々。オーストラリアでの生活は約一年、たった一年間の旅。期間は短くとも、その経験は、自分にとってはターニングポイントとなっている気がする。その実感は、後になってわかってきたこともある。

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