「リスボンへの夜行列車」読了。終盤のBGMは、シガー・ロスの「Kveikur」

「リスボンへの夜行列車」をようやく読みきりました。長い、長い小説でした。

初老の主人公グレゴリウスは、ある出来事をきっかけとして「選ぶことのなかった過去」に目を向けます。

長年続けてきた生活を、定年直前になったある日突然、すてて。

古典文献学の教師ライムント・グレゴリウス。五十七歳。ラテン語、ギリシア語、ヘブライ語に精通し、十人以上の生徒と同時にチェスを指せる男。同僚や生徒から畏敬される存在。人生に不満はない―彼はそう思っていた、あの日までは。学校へと向かういつもの道すがら、グレゴリウスは橋から飛び降りようとする謎めいた女に出会った。ポルトガル人の女。彼女との奇妙な邂逅、そしてアマデウ・デ・プラドなる作家の心揺さぶる著作の発見をきっかけに、グレゴリウスはそれまでの人生をすべて捨てさるのだった。彼は何かに取り憑かれたように、リスボンへの夜行列車に飛び乗る―。本物の人生を生きようとする男の魂の旅路を描き、世界的ベストセラーを記録した哲学小説。
本作「リスボンへの夜行列車」は、哲学小説とも言われるだけあって、考えながら読み進めるのでとても時間がかかりました。
難しく理解できない部分もありましたが、長い期間かけて読み進めたことで、グレゴリウスの物語がある意味で自分の生活の一部になり、グレゴリウスの思考をなぞる(重ねる)ような体験になリました。苦悩や心境の変化が肌感覚で伝わってきたのです。物語とこういう体験をしたのは不思議な感覚でした。
今の年齢で読んだ感想と、10年、20年後に読んだのとでは印象的な部分が違うかもしれない、と思う作品。

読了後は他の本ではあまり感じたことのない達成感を感じました。

 


物語の終盤は、少し音楽を聞きながら読んでみようと思い立ち、シガー・ロスの「Kveikur」と共に終盤を読み進めた時間がありました。
シガーロスが使っている言語は、アイスランド語とシガーロスによる造語のホープランド語という架空の言語ですよね。

その関連性も、主人公グレゴリウスが苦悩しつつ求めている物語中の物語と共通するものがあり、また、「リスボンへの夜行列車」終盤の物語と、これまでにない新たな衝動や興奮を伝えようとしたシガーロスの「Kveikur」の世界観がよく合っているように感じました。


まだ見ていませんが、本作は「リスボンに誘われて」という題で映画化もされています。そちらの評価も高いので是非みてみたいです。


「選ぶことができなかった過去」を選択し、全てをすてて求めた先に何があるのか。

さあ、グレゴリウスとともに、リスボンへ誘われてみませんか。


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