少年の記憶。海沿いの小さな町で育った僕にとって、音楽とは父親の運転する車の中で聞くラジオカセットステレオが全てだった。それらは、テレビの歌番組で歌っている最新の音楽よりもどこか古くさい感じのする音楽で、ラジオ番組が流す外国のソウルミュージックや、父親がよく掛けたカセットテープ(70年代の外国のフォークソングやAOR)がほとんどだった。どこ国のなんて名前の誰なのか、いつの曲なのか年代すらもわからない、混沌としていて断片的で、全体像のつかめない、ただただ漠然と多種多様に広がる世界が、少年期の音楽観だった。
第一波は二十歳のころ
地元の高校を卒業後、建築を学ぶために地方の中心都市へ引っ越した。タワーレコード、HMV、それに今はなき、Virgin Mega Storesやマンハッタンレコーズウェスト。地元のCDショップとは比べ物にならない広さに、ぎっしり詰め込まれたCD棚。この世にはこんなにも音楽の作品が存在するのかと、圧倒された。足繁く通い、飽きもせず店内を何周もした。これを買おうと心に決めたタイトルの他に、関心を惹かれるCDは必ず手にとった。余分な金はない。今週の生活費を弾き出し、白飯にみそ汁だけもしかたあるまいと腹を決めて、レジに向かった。週に何度も、暇を見つければCDショップに通い、時間をかけて店内を周った。DIG PRESENTSのディスクガイドシリーズなどのガイドブックを熟読し、CDショップでお目当てのCDを探す。ショップに行って、手にとってしまったCDをついで買いする。そうすることで、自分なりの音楽マップのようなものを形成していったのがこの時期なのだと思う。なお、クラブやライブハウスにはほとんど行くことはなく、完全なオタク指向だったことも言及しておく必要がある。
第二波はスパイラル
23歳の時、一年間のワーキングホリデーを終えて帰国した年、久しぶりに友人を訪ねた。友人に「この音楽、コサきっと好きだと思う。」そういって渡された、Four Tet、The Album Leaf。中でもTAL(the album leaf)のWe Need Helpの一音目を聴いた時の感動は今でも忘れていない。それ以降、エレクトロニカ周辺ジャンルに没頭することになる。お気に入りのアーティストがリミックスを提供すればチェックし、所属レーベルを調べノートに記録し、ツアーに帯同するアーティストがいれば注目した。今度は、ライブなどにも積極的に出かけた。これまでに出逢ったことのない音楽ジャンルで、なおかつ前衛的な音が多かっただけに、未知の領域を探検をするような気持ちで、一歩一歩、恐る恐る足を進め、自分の趣向と受け入れられる範囲を広げていった。
これまでの作品との出会い方は、ディスクガイド(本)を読むか、アーティストの関連から自分で数珠を繋いでいくことだった。しかし、エレクトロニカ周辺ジャンルの成長度合いは日進月歩である上に、音源を発表するレコード会社は、基本的にインディペンデントだ。ポップミュージックのように情報が潤沢にあるともいえず、聞きたいもののイメージはあっても、何を選べば良いのか、露頭に迷った。
ART ROCK NO.1という店
エレクトロニカをはじめとした現代音楽の専門店に行きたい、という期待に応えたくれたのが、京都・麸屋町通、FSSビル4階の「ART ROCK NO.1(アートロックナンバーワン)」。
この店で、本当にたくさんの音楽に出会った。控えめに言っても、エレクトロニカを含む現代音楽の基盤を作ってくれたのはこの店である、と言い切れるし、そう言いたい。
店主の村松さんと顔馴染みになった頃、お勧めの作品を教えてくれるようになった。「このアーティストのこれが好きなら、こんなのも好きなんじゃないかな?」と新しい作品を紹介してくれる。その手引きにより自分の音楽の幅が広がったことは言うまでもない。
このお店には、エレクトロニカをはじめとして、数多くのポストクラシカルやアンビエント作品を紹介してもらった。中でも最も印象にあるのは、Dakota Suite(ダコタ・スイート)。店主の村松さんオススメのチョイスとして、よく試聴機で見かけた。
店主のセンスに頼れるのは、個人のセレクトショップの利点だ。
過去にあれだけ長く、足繁く通った大手チェーン店では、店員さんから直接、おすすめの作品を教えてもらったことはない。
night cruising
京都の現代音楽/現代芸術シーンに無くてはならない存在の、「night cruising(ナイトクルージング)」。このイベント(レーベル)の存在もART ROCK NO.1店主の村松さんが教えてくださった。
定期イベントが、CAFE INDEPENDANTS(アンデパンダン)で行われていた頃で、その頃から同イベントでは既に、 intextさん、polarMさん、原摩利彦さんらが活躍しており、京都の現代音楽シーンの形成を担っていた。
現代エレクトロニック・ミュージックのレーベル
Warp,NinjaTune,Domino,KrankyにHefty,Anticon. さらにMagicBullet,WeLove,makemine,homenomal. そしてKompakt,12k,MillePlateaux,morr music,Stonesthrow….
ART ROCK NO.1やnight cruisingで知ったアーティストから、さらに数珠つなぎは加速し、いよいよ好きなテイストが見つかりだすと、僕は、海外レーベルから直接購入するようになった。
ミシガン州アナーバーに拠点を置く、「Ghostly International」がそうだ。レコードに魅了されはじめたころ、欲しいと思ったレコードは大抵は高価で、しかも手に入りにくいことを知った。インディーレーベルから発表されるレコードは、プレス数が少ないことが多く、カラーバイナルや限定盤は、予約段階で完売してしまうことも珍しくなかった。中古を探したとしても、CDに比べて価格が高騰しやすく、探すだけでかなりの労力がかかる。そういう経験をしていったので、欲しいレコードを確実に手に入れるためには、直接レーベルで事前予約をして、海外発送してもらう方法がもっとも堅い。そう考えた。
なお、シカゴに拠点を置いていたレーベル「hefty records」(Telefon Tel Avivや、Savath and savalasを輩出した)は、僕が求めた時には既にレーベルの運営を終えており、レコードはもとよりCDも非常に高価で取引されていた。僕が持っているTelefon Tel Aviv の1st「Fahrenheit Fair Enough」(※heftyのオリジナル盤)は、2010年ごろに中古で買い求めたものだが、とても価格高騰しており¥5,000〜が相場だった。
2020年の今は、上記の作品も含めて「Ghostly International」からリイシューされている作品も多く、新品を定価で手に入れることが可能になっている。
海外レーベルからの直接購入。やっていることは海外からの個人輸入になるのだろうが、たいていの海外レーベルはどこでもPaypalを使用することができるので、EC決済の敷居はとても低い。海外サイトに気になるものがある方は是非やってみるといいと思う。一度要領を掴んでしまえば、とても簡単にできる。
中古レコード収集の愉しみ
音楽的領域で、全くと言って足を踏み入れていなかった領域が、ジャズだ。ジャズの中古レコードを買うために、様々なレコードショップに行くようになった。特に京都は、コンパクトにレコード屋が固まっており、一日あれば何軒もハシゴすることができる。中古レコード屋では、出逢ったことのない音楽に出会うことを第一の目的にしている。僕は、頭の中にいくつかのキーワードを持って、入店する。例えば、「サイケデリック」「コズミック」「抽象画的な」などだ。
選別基準は、「ポップのコメント」。数行のみ書いてあるポップで、気になったものを抜き出し、あとはジャケットの写真や演奏者のクレジットで決定する。そうして、家に帰って、レコードに針を落とす。確実に偶然の出会いを得られるので、この選定方法はとても楽しい。なお、レコードの内容を調べるために売り場でスマホを取り出すことには、反対派の考えだ。
ジャズのみならず、ニューソウル/フュージョンも積極的に収集していて、少年期に父親の車の中で聴いていた音楽に、知らず知らずのうちに回帰しているような気もする。
英・NTS Radio
これまで幾度も、度肝を抜かれる音楽に出会ってきた。
エレクトロニック音楽を聴き始めてからというもの、音楽的価値観が吹っ飛ぶようなとんでもない作品にいくつも出会ってきた。そしてジャズは深い。深すぎて、最高だ。衝撃を受ける感覚は何ものにも変えがたい。けれど、最近はCDやレコードを購入する絶対量が減ってきていて、少し寂しい思いをしている。
やっぱり数を聴かないと、出会うことすら叶わない音楽というものは存在していて、そういう音楽には、いくら遠回りをしてでも、出会いたいと思う。
そんな中、ラジオというメディアを改めて重宝している。今の生活リズムだと、家事の合間など「ながら聴き」になってしまうのが勿体ないのだけど、イギリスのNTS Radioは、最高のラジオ局だ。様々な音楽を知ることができる。スマホでも無料で使えるし、ぜひ聴いてみて欲しい。
NTS Radio – Don’t Assume (No Rules Radio)
Text by 小佐直寛(Naohiro Kosa)