Ⅳ
(自分自身の内面について。悲観的ではなく冷静に自分の表現活動・音楽について考える章。ブリスベン郊外~シドニー・チャイナタウン)
川辺で考え事をすると、すぐに思考に入ることができる。だから川辺は晶馬にとってお気に入りの場所だった。胸がひっくり返りそうに怒っているときも、どうしていいのか分からずに絶望しているときも、とどまることなく流れ続ける水面を見ていると、心が落ち着く。自分の考えに固執しなくてもいいと思えるときがくる。ブリスベン国際空港の展望室で、パリへと飛び立つエールフランス航空の飛行機を見つめているとき、意外なことにも、晶馬の胸には虚無感と同時にすっきりとした感情が同居していた。実際に飛び立つ飛行機の機体。その光景は彼の目に非現実的に映った。現実に折り合いをつけるきっかけをもたらした。晶馬は思う。人生で起こる事柄は、点と点が結びつくことで初めて意味合いを持ち、それに気がつくことが重要だと、何かの本で読んだことがある。たしかに、バンダバーグでの生活は、ソフィを中心として多数の点が結びつくことによる出来事だった。ただし、その線はあらかじめ短く設定されていた。そこで生まれた線には、物語のはじまりの点から終わりの点までが予め決まっていたのだ。だから、僕は人生の出来事は線などとは思えない。いや、思いたくは無いのだ。人生は線ではない、面である。僕はそう思っている。何層にも折り重ねられた層によって映し出されるプリズムみたいな面なのだ。その光は、刻々と表情を変え、同じ時は二度と存在しない。その希少性に気がつくからこそ美しいのだ。映し出されたプリズムは儚く、触ることもできない。ゆえに胸焦がれる場面に満ち溢れているのだ。いまはただ、寂しく、辛い。しかし、実際には美しさも同居している。光は決して壊れることがない。一度胸に宿った光は誰かに奪われることもない−−−。
この川は、ブリスベンに住む市民にとって象徴的な存在なのだろう。大都市になじむ川辺には、市民の活気が満ちている。周りを見渡すと、様々な人の生活がここにあることがみて取れる。ベビーカーで泣いている赤ちゃんをやさしく抱き上げる母親が、一歩一歩確かめるようにゆっくりと歩行器を押して歩く老人が、スケートボードの練習をしている少年が、一生懸命に虫を探してる男の子が、この場所には存在している。それら全てが、とても純粋で、いつわりなく本物の、きらめく光景だった。その光景は甘酸っぱい傷を負っている晶馬には、十分な癒しとなった。木々の間からは、会話をしているような鳥の鳴き声が聞こえ、姿は見えないものの、ほかにも小さな動物たちが動き回る気配があった。ふいに、バンダバーグの風景を思い出す。バンダバーグの農地は太陽の光から身を隠す場所がないほどに開けた土地だった。バンダバーグのシティ・センター・バックパッカーズには、晶馬の私物一切を置いてきていたから、一度は戻る必要があった。バンダバーグへ戻った後は北へ向かうか、南へ下りるか。晶馬はまだ決めかねていた。農場のあるバンダバーグでもうあと一月働けば、セカンドビザ(期間延長ビザの申請権)を取るという選択も出来るが、そうはしなかった。日本へ戻りたいと思っている。その理由は、自分の中に制作への衝動を強く感じているからだった。それは音楽を作りたいという、純粋に溢れてくるものの類だった。だれかの真似ではなく自分らしい表現を見つけられるような気がしていた。同時に高揚感が込み上げてきている。晶馬にとって、ここまでの実体を伴う表現欲求は初めてだった。まるでコップから水が溢れそうになるのと同じだった。頭の中ではもはや狭い。晶馬はそう思っていた。頭の中で、多重奏の音楽が鳴っている。幸い、旅の資金は十分に蓄えることができていた。バンダバーグ入りした時には100ドルを切っていた所持金も、いまや3,000ドル近くに増えている。これは農場で働かせてもらえたお陰であり、晶馬は労働に感謝した。今ならトウジに借りていたお金も十分返すことができる。日本へ帰るための航空券だって買える。ソフィのいないバンダバーグに残り続ける精神力は晶馬にはなかった。これからどこへ行くにせよ、自然の豊かなところで、考えをまとめたい。日々の想いは簡単に消えていくからだ。良いことも、辛いことも、可能な限り鮮明に残したい、と晶馬は欲望していた。自分を形成しようとしているものを丁寧に掬い上げて保存する。ふと、乗馬クラブを思い出した。ブリスベンからヌーサへと移動した時に、働き口の場所として候補に上げていた場所だった。たしか、ブリスベンから山の方へ南西にすすんだところにあったはずだ。ブリスベンで一泊した次の日、さっそく事務所へ連絡をとった。いちど見学に来るといい、と言われ、その日のうちに現地へ向かった。
クラブハウスは、山間部の孤立した集落の一角にあった。簡単に施設と、クラブでの仕事の内容を教えてもらい、この場所を君が良いと思うならと、すんなり雇ってもらえた。一旦、バンダバーグへ荷物を取りに行き、オーナーに別れを告げた。こういった場所のオーナーは、ワーカーとの別れに慣れている。オーナーは、ふん、と鼻を鳴らし手を差し出した。お前のような働き者がいなくなるのは、ちと困るが、まあ元気でな。と別れの言葉を告げた。ありがたかった。そして急足で部屋へと向かった。なぜなら、スンに会いたい。そう晶馬は思っていたからだ。このシティ・センター・バックパッカーズで大きな苦労もせずに過ごせたのは、様々な事をスンがサポートしてくれたからだ。あいにく、部屋に戻るとスンは、作業現場に出ているようだった。晶馬を見て、ルームメイトが手紙を差し出してこう言った。「この手紙はスンからの預かり物よ。晶馬、スンはあなた達ふたりのことをとても気にしていたわ」その手紙にはこう書いて買った。《晶馬へ−− 君とソフィの間にあったことは、受け入れ難い現実だっただろう。君たちを側で見ていたから気持ちを理解しているつもりだよ。けれどね、晶馬。ジョージ・エリオットが言っているように、「別れの痛みの中でのみ、愛の深さを知ることができるんだ(이별의아픔속에서만사랑의깊이를알게된다)」君の人生は君のものだ。応援しているよ。スンより》晶馬の頬を涙が伝った。これほどまでにも自分たちを想ってくれる友人がいるという事に。晶馬は、スンに感謝の気持ちを込めた短い手紙を書いた。手紙をルームメイトに預け、バンダバーグの宿を出た。
そして今、晶馬は山間のクラブハウスで暖炉の火が爆ぜる音を聞いていた。クラブハウスのまわりには、他の建物もない。孤立している場所にあった。乗馬クラブと言っても、コースは岩が剥き出しになっている乾いた山路だし、ほとんどが市外や外国からの観光客相手だ。きちんとした乗馬クラブというより、自然のアドベンチャーコースを回るアクティビティである。晶馬の仕事は、客を乗せた馬を引き、岩山の中で決められたコースを歩くこと。所用時間にして約45分だ。山登りのガイド兼馬のお世話係というところだ。日中は何組かの観光客を連れて山を歩き、夕方になる前にはツアーを終了する。そして、陽が落ちる前に馬たちの世話をして、住み込みで働いているメンバーの当番制で夕飯をつくる。朝は陽が昇る頃に起き出して、馬たちの世話をして、日中はまた山で馬を引く。
山を降りるのは週に一度の買い出しの時だ。住み込みのメンバーがクラブハウスの車に乗り合わせて町へ行き、酒や煙草などの嗜好品を買いまとめた。晶馬は仕事をしないときは、暖炉にあたって本を読むか、玄関先に出て考え事をした。そんな風に日々が過ぎた。森の生活がもたらしてくれたものは、ふたたびの孤独だった。単調な森の生活は思考を熟成させた。しかし、それは十分に幸せな孤独であった。静かな生活の中で、また僕は人と話さなくなった。共同生活の中で必要なことは話すし、訊かれれば答えるのだけれど、すすんで自らを開示するということはほとんどない。自分自身の心の均衡は、ずいぶん低い位置にあるということを知った。森での生活では物が潤沢にあるわけではなかった。必要最小限の生活の中では、自然の放つ小さな音に気がつくようになった。見渡せど、森と岩山。目に入ってくる情報は控えめであっても、聴覚から多くの出来事を判別できるようになってきていた。晶馬にとって感覚の受け皿とは、いわば水を張った器のようなものだった。静かな日々の中で常に均衡が保たれ、ささやかな出来事は静まっていた水面にひかえめに波紋を広げた。そんななかで晶馬は様々な自分自身を知った。それは、ふとした時に頭の中に現れた。たとえば単調な仕事をしているとき、明け方の目覚めたばかりのとき、アルコールに酔い始めるとき、森を散歩しているとき、シャワーを浴びて目を瞑っているときなどがそうだった。晶馬自身が同じでも、状況や環境が違うことは、心の状態におおきく影響しているということを知った。ベッドサイドにおいて、旅の友として常に携帯してきた数冊の本。何度も読み返してきたことで、いまでは古びてしまっている本を眺める。背表紙が語り掛けてくる印象にも、以前とは違うものを感じ、変化に気が付く。そうか、これまでにでも、あらゆる瞬間に、どの時とも違うものを受け取っていたのだ、と気が付く。いつでもそうだったはずだ。実は、思い込み、決めつけ、こうでないといけない、という風に物事を見ることはすごく楽なことで、すごく自分本位な姿勢なのだ。自分自身を開いて、受け入れるという状態でいることは、ものの見方を無限に広げてくれる。大きな湖に物を投げても静かに沈んでいくようなものだ。大人になればなるほどに、アドリブで対応していくものなのかもしれない。あらかじめ決められたようにすすむ物語とは、こうあってほしいという希望がもたらす空想であって、現実に存在しないものなのかもしれない−−。晶馬にとって、自分の内面に目を向けることは、怖いことでもあった。
なぜなら、ずっと逃げてきたからだ。乗馬クラブへ来て一月が経とうとしていた。乗馬クラブでの生活にはもうすっかり馴染んでいたが、いよいよ再出発の時が来ていた。晶馬にとって一人の時間は大切であったものの、あまりにもその時間が長すぎるということが、自分自身の思考に囚われてしまうことになる、と彼は自覚していた。そんな折、新しくクラブハウスで働きたいという2人のワーカーが面接に来ていた。ブリスベンから80kmの距離があるこのハウスには、求人を出していてもあまり人が来ることはない、とオーナーがこぼしているのを知っていた。求職者は、友人同士の2人一緒に働けるならという条件を提示したらしい。オーナーとしては採用したいところだが、それは誰かがここを出ていかなくてはいけない、ということを意味する。それは晶馬にすれば、ちょうど良いタイミングだった。晶馬がシドニーを出発し、北上する旅を始めたころは、エアーズロックへ行ってみたいと思っていた。その理由は、エアーズロックがオーストリアの中でも象徴的な存在であり、その特別な場所が自分を大きく変えてくれるのではないだろうか、と期待していたからだった。しかし、今となっては、その象徴へ出会う旅を晶馬は望んではいなかった。晶馬にとってのバンダバーグ(それと、そこで出会った人々)がすでにそれに変わる象徴と化していたからだ。
乗馬クラブでの引き継ぎを終えた晶馬は、ブリスベンへ戻り早速シドニーへの国内便のチケットを手配した。ブリスベンとシドニーは距離にして約1000km離れている。長距離バスで12時間以上の距離も、飛行機に乗れば約2時間ほどで移動が可能だ。ただし、晶馬が飛行機を選んだ理由はそれだけではない。晶馬自身が飛行機に乗ることで、ブリスベンにけじめをつけたかったのだ。これが三度目のブリスベン空港である。晶馬にとってこれほどまでに思い出に残る空港はない。搭乗したヴァージン・オーストラリアのVA962便は、定刻通りにスケジュールを進めていく。滑走路に入っていた機体が向きを定め、どんどん速度を上げていく。窓の外を見つめながら晶馬は、ソフィのことを想った。彼女の目にも同じように映ったであろうブリスベン空港の景色。機体がふわりと持ち上がる。彼は思った。ここでの出来事は、すべてブリスベンの土地に置いていこう。ここでの出来事が、すべてが幻だったとしても構わない。飛行機が高度を上げるごとに晶馬の心は軽くなり、未来を向くような気がした。
《古くから自分の中に存在し、日の目を見る前に沈殿してしまった物語の断片や、止まることのない胸の鼓動は、リズミカルに土台を作る。土台となるものほど、たいていは細かく些細なもので成り立っているのだ。可視化できる構築物として、言葉に置き換えられるような感情は最も目立つ中央で全体を貫いている。(その実、果たす役割はそうとも限らない)いちばん目立つ部分でありながら、もっとも陳腐になりやすい部分でもあり注意が必要…可聴音域の中で高音域に散りばめられているものは、いつも予測できずに、たゆたっている。その存在すら認知されないことも多い。それらの現象は現れては消える。アンビエンスであり、非常に抽象的なものだ。表す人の世界の空気を閉じ込めるオゾン層の働きをしている…音域の中でさえ、幾層ものレイヤーで構成されている。その全体はその人の世界観を構成し、現す。出来上がったそれの上を通り過ぎるのが、その人自身であり、表現者の物語である。》
これが晶馬が作りたいと思っている音楽の印象だった。もやもやと掴みどころのない思考。だからこそ音楽になるときには構成される要素に嘘が混じらないようにしたい。気をてらった演出が混じらないようにしたい。完成したものがどんな風であっても、作った本人以外にはそれが「意図された結果」だと捉えるだろう。だからこそ、ものを作るときに自分の手は嘘つきになってはいけない。自分自身こそが表現の源泉であり、また蛇口でもあるのだ。たとえ自分自身がアトリエにいなくても、行動がその人のレイヤーを構成している。また、印象は離れた場所にも同時に点する可能性がある。書こう。頭の中だけで考えていても何も始まらない。イメージとして湧いてくる音をできる限り言語化し、ノートに書き留めた。飛行機は安定飛行しており順調に進んでいる。あと1時間もしないうちにシドニー空港に到着するだろう。晶馬は眠気を押しのけて、頭の中で考え直した。シドニーについたらアパートを借りて制作するための環境を整えよう。これまでに貯めた資金をすこしずつ切り崩せば、しばらくは働かなくてもいいはずだ。
いよいよ飛行機は、シドニー空港に着いた。
晶馬は手荷物受取場所で、ゴム製カーテンから自分のギターケースが登場する時を待っていた。ベルトコンベヤーに乗って流れてくるスーツケースを見つめながら、シドニー空港に来るのはこれで二度目だな、と思った。ここに来るのは日本からやってきたとき以来のことであり、晶馬にとってシドニーは地元であるわけではない。それでも不思議なものでシドニーに帰ってこれたことに対する深い安心感があった。ついに現れた自分のギターケースを手に持ち、晶馬は空港を出た。バックパックとギターケース。これが晶馬の持ち物のすべてだった。空港の外に出て、煙草に火をつけた。喫煙所で声をかけてくる人がいた。190センチはありそうな長身で痩身、赤毛のくるくるの毛。足下は履き古したコンバースだ。片方、紐がほどけている。幼そうな目元をした彼はディジュリドゥを背負っていた。彼はカナダ人だった。彼は今しがたオーストラリアに入国したばかりだった。ディジュリドゥの演奏に夢中になって、本場のオーストラリアへやってきたという筋金入りのミュージシャンだった。晶馬がギターを背負っていたものだから、同じ仲間だと認識したらしい。実際、シドニーのオペラハウス周辺にはたくさんのパフォーマーがいる。シドニーの役所から許可こそ必要であるものの、そこまでハードルの高い許可申請ではないようだ。オペラハウスがシドニー市内有数の観光地であることからも、多くのパフォーマーが集まっていた。そして、多くのパフォーマーたちが、少なくない収入を得ているということを、晶馬は人づてに聞いて知っていた。彼の名前はマーティンといった。名はジェイコブ。ジェイコブもまた、その場所で演奏して生活をしていきたいという夢をもって入国した一人だ。彼は、シドニー市内にアパートを借りて生活したい、と考えていることがわかった。ビザの種類は晶馬と同じワーキングホリデービザである。カナダ人であるジェイコブは当然のことながら完璧な英語が話せた。晶馬は、多少ではあるもののシドニーの土地勘を持っている。シドニーの土地勘がないジェイコブは、英語ができる。二人の意見が揃った。それは、ルームシェアをすることだ。
ジェイコブと晶馬は、渡航者向けのエージェントではなく市内の不動賃貸会社へと向かった。
空港から地下鉄に乗りセントラル駅へ移動した。ジェイコブと晶馬は、近くにあった不動産会社に入ってみることにした。住むエリアについて晶馬にこだわりはなかったが、パフォーマンスで生計を立てたいジェイコブは、オペラハウス近くの物件を希望していた。地域で言うとロックスエリアが該当する。ロックスエリアは、オーストラリア現代美術館(MCA)もあり、アートに関心のある人なら避けては通れない文化的な印象が強いエリアである。フェリーターミナルや海沿いの大きな公園があって、落ち着いたカフェやレストランがある。不動産の店員にロックスエリアのなかでも安くておすすめのアパートメントがあると言って、紹介された物件は写真で見る限り確かに小綺麗であり、きちんとベッドルームが二つ付いていた。見取り図を見ると、真四角ではない複雑な形(ピクセルで書いたさくらんぼのような)だったが、その妙な形が結果的にお互いのプライバシーを守れるよう作用していた。ロックスエリアはいいですよ、お客さまにぴったりです。こちらの物件なら、今すぐ入居できます。と店員から説明を受けているジェイコブは見るからに興奮しており、いますぐにでも契約しようとする勢いだった。晶馬は慌てて彼を止めた。「おい、ジェイコブ。ちょっと落ち着こうぜ。あまりにも賃料が高すぎる」提示されている家賃は、週650ドル。二人で割っても1日あたり46ドルだ。晶馬はつい、バックパッカーの基準で比較してしまう。ジェイコブは乗り気ではない晶馬の顔を見て不満そうな顔をしたが「そうだな。実際問題、払っていけないかもしれない」と言って、晶馬の顔を見つめた。店員は、ロックスエリアではこちらが最もエコノミーな価格帯です、と言う。「一旦、なにか食べに行かないか?」と晶馬はジェイコブを外に誘った。不動産会社には、物件の情報を印刷してもらい、考えてからまた来るよ、とジェイコブは言った。
街は夕闇に包まれる頃合いだった。セントラル駅構内出口付近で店を構えていたミートパイの屋台へ行って、コークと一緒に二つ買った。縁石に座りながら、街ゆく人を見つめる。口にミートパイの味が広がる。「晶馬はさ、なんでオーストラリアに来ようと思ったんだ?」ジェイコブが尋ねる。晶馬自身もそれを考えていた。なぜオーストラリアにやってきたのか?元々は、うまく行かない現実から逃げるように海外へ出たことがきっかけだ。全く知らない場所に行けば、その変化がなんとかしてくれるのではないか、と期待していた。自分が直面している課題があり、その解決には地道にどうにかするほか方法はなかったのだろうが、僕は逃げた。自動的に問題が解決される、そんなことすら願ってもいた。その動機があまりに恥ずかしくて、ジェイコブには正直に話せない。晶馬はすこし考えた挙句に、「僕もジェイコブと同じで音楽を頑張りたくてだよ。武者修行だよ」ムシャシュギョウ?と、ジェイコブは首をかしげる。晶馬が「武士(ブシ)だよ。ほら、ニンジャ的な」おー、ニンジャね!クールだね。ジェイコブは、手裏剣を投げるふりをした。ジェイコブ、手裏剣は横に投げるんだ。それでは、スペシウム光線みたいになってるぞ。問題は解決したのかどうか晶馬にはわからない。けれど、晶馬は自分に格好をつけることは辞めにしたいな、と想っていた。さて、ミートパイを食べ終えたら、宿探しだ。ステップバイステップである。一段飛ばしで物事が進むのは稀であって、きっと偶然だ。晶馬はガイドブックを開くと、セントラル駅周辺にはたくさんのゲストハウスがあることがわかった。これだけ数があれば野宿は免れるだろう。まず行ってみたゲストハウスで、すんなりドミトリーが空いていた。一泊36ドル。やはり少し高いが、ここはシドニーのど真ん中なのである。他と比べても仕方ない。レセプションで鍵を受け取り、部屋へ別れた。ジェイコブとは別室である。2段ベッドが三つ並んでいる、清潔な部屋。荷物を置くとシャワールームへ向かった。誰かが忘れていったシャワージェルで体を洗う。鏡に映る裸の自分は、少しだけ逞しくなったように見えた。部屋に戻る途中、廊下のあちこちで若者がたむろしている。都市部のゲストハウス特有の浮ついた雰囲気。修学旅行の初めての晩のように、そわそわして、いつまでも眠りたくない。若者特有の熱気がうずまいている。晶馬は、シドニーに帰ってきたことを実感する。都市部のゲストハウスの多くは24時間出入りが出来るようになっている。このゲストハウスは玄関で暗証番号を入力することになっていて、その番号を書いたメモをチェックインのときに受け取っていた。晶馬はシドニーの夜に出かけることにする。夏の夜。都心特有の匂いだった。
日中の暑さがしつこく残っているアスファルトの上をサンダルで歩く。見慣れたセントラル駅。ほとんどの電車が格納庫に入ったこの時間帯は、行き交う人もまばらだ。照明も落とされて時計台だけがにょっきり生えているように見える。何にでも、昼の顔と夜の顔がある。夜を過ごすと普段見えない表情が見えたりする。そのせいで、すこし親密になれたような気がするのは、相手が街であってもそうなのかもしれない。足元のサンダルには、いつの間にか砂が入り込んでいて指の付け根がザラザラとする。あまり遠出はしないでおこうと思いながらも、何かに期待する武者震いが止まらず、晶馬はしばらく歩き続けた。人だかりのある建物があり、興味を惹かれる。近寄るとクラブであることがわかった。中からは女性ボーカルのパンクロックが漏れ聞こえてくる。入ろうと思ったが、半ズボンとサンダルだということに気がついて、諦めた。そこまで硬い場所でなくてもナイトクラブにもドレスコードがあるのだ。駅の近くまでもどりつつ、チャイナタウン近くを通りすぎた。さまざまな匂い、ネオンサイン、ごみ、屋台から立ち上る湯気、喧騒、野良猫。路上の水たまりに映り込む人々の活気。人種の違いは文化の違い。セントラル駅周辺でここだけは不夜城だった。翌朝、ジェイコブと待ち合わせたのはゲストハウスのレセプションだった。ジェイコブは約束の時間を三十分過ぎてもやってこない。晶馬はすこし苛立ちながらソファに座っていた。ようやくやってきたジェイコブは女の子の肩に親しげに手を回し、へらへら笑いながら登場した。抜け目のないやつだ。女の子は、ジェイコブに耳打ちされて晶馬を見た。別れ際に晶馬にウインクをして、手を振って去っていく。「隣の部屋の女の子なんだよ」とジェイコブ。「手が早いやつだな」晶馬にそう言われ、へへへ、と笑う。「ああ、ここにもう一泊しようかなあ」「まったく、好きにしろよ」嘘だって、とジェイコブは晶馬の後を追った。「なあ、ところでロックスエリアに住むのは辞めておかないか。家賃があまりにも高すぎるじゃないか」晶馬はジェイコブに尋ねた。ジェイコブは素直に同意した。「それは俺も思ったよ。市内にさえ住んでいれば、ロックスには地下鉄ですぐ行ける。週650ドルも払うなら、俺はこのゲストハウスに住み続けるよ、女の子もたくさんいるし」「まったく、何言ってんだよ」晶馬はあきれ顔で言った。英語が達者なのは心強いが、ジェイコブとのルームシェア生活を考えると不安がないわけではない。まずは昨日行った不動産会社へ行ってみる。シドニーには大学もあるわけだし、きっと安いエリアがあるはずだ。不動産会社に出向いたが、オペラハウス周辺の賃貸は高価であり、晶馬たちにとっては目ぼしい収穫がなかった。この不動産会社はシドニー市民向けの物件を扱っており、ルームシェアをしたいと思うような、常にお金のないツーリスト向けの物件はあまり無い、ということだ。部屋が見つからなければ、しばらくゲストハウス暮らしになるが、晶馬はそれもいいかもしれないと思っていた。ジェイコブは入国してからまだ間がないわけであり、そもそも晶馬とルームシェアをする必要があるわけでもない。彼がカナダ人ワーカー向けの正規のエージェントへ行けば、真っ当な情報も見つかるだろう。晶馬自身は、シドニー市内で落ち着い作業ができる場所さえ見つかれば、エリアはどこでも良いと考えていた。しかし、ここでジェイコブを突き放すのは後味が悪かった。何も決まらないまま、シドニーの街中に佇む二人の旅行者。ジェイコブはどうすればいいかわからない様子だ。晶馬は、ある程度の逆境に慣れてきていた。望む結果でなくても、どうにか決着をつけることは出来る、と晶馬は思うようになっていた。上手くいかずに焦るジェイコブを見て、食事に誘った。こういうときは、何か食べて落ち着くのが一番だ。まだ昼食には早かったが、観光も兼ねてチャイナタウンへと赴いた。晶馬はお粥が食べたかった。ジェイコブもアジア料理は好きだという。本物の小籠包が食べたいという彼の願いをかなえるために、街をそぞろ歩いた。朝のチャイナタウンには夜間とは違う活気があった。狭い路地や屋台のテントの隙間から差し込む朝のまぶしい陽光で街はきらめきを生み出している。なにげない風景でも世界はきれいなのだ。この土地で何年積み重ねてきたのか、深く皺の入った顔のお婆さんから、湯気の立つ粥を受け取る。とても美味しそうで、受け取る時に「谢谢!(シエシエ)」というと、鋭い目をしていたお婆さんも不揃いの歯を見せて笑いかけてくれた。ひとくち食べると温かく腹に染み渡る。一杯の粥に晶馬は感動していた。ジェイコブは目当ての小籠包料理店を見つけたようで、晶馬を探しにきた。「それから、小籠包店の近くに不動産エージェントのようなものがあったんだけど、見てくれないか。僕は漢字に自信がないんだよ」ジェイコブに連れられて行くと、たしかに看板に家のマークが付いていて《不动产 中介公司》と書いてある。
漢字で不動産会社と読めた。よく見ると英語でもReal estateって書いてあることが分かった。「あとで入ってみようか。まずは小籠包だ」小籠包を腹いっぱい食べ中国ビールを飲み終えたジェイコブは見るからに落ち着いていた。街の活気は人に活気を与えてくれる。ジェイコブとは会って間もない間柄だが、どことなく馬が合う。元気がないときはその通りに見えるし、反対もまたしかり。表裏の無い性格が晶馬には心地よかった。不動産会社に入ると、店員は、晶馬の顔とジェイコブの顔を順番に見くらべた。それから、英語で「いらっしゃいませ」と言った。それを聞いたジェイコブが安心して、僕たち家を探しています、と店員に話しかける。紹介される物件を見ていくと、チャイナタウン周辺は平均的に賃料が安いということが分かった。全体として物件自体に過度な快適さを期待できないが、オペラハウス付近でパフォーマンスをしたいジェイコブにとって地下鉄のあるセントラル駅まで近いことは重要だったし、晶馬にとっては家賃が安いことは何よりもありがたい。その中でも目を引く物件があった。週390ドルで2ベッドルーム、この物件もチャイナタウンの中にある物件だ。「ここなんかどうかな、ジェイコブ。家賃も安いしさ」「そうだね、いいかもしれない。ベッドルームの広さはどんなのかな」話を聞いていた担当者は「これから見に行ってみますか?」と提案した。百聞は一見に如かず。僕らは頷くと、担当者が物件のオーナーに電話をかける。こちらを振り向きオッケーサインを二人に送った。歩いて5分程度の距離にその物件はあるようだった。チャイナタウンのマーケットのど真ん中。この付近は商店が立ち並ぶばかりであり、見る限りアパートメントのような建物はない。担当者も地図を見ながら場所を確認している。迷ったのか、ちょっと待っててくださいと言い、晶馬とジェイコブはチャイナタウンの喧騒の中に残された。本当に大丈夫なのかよ、と不安をこぼすジェイコブ。反対に晶馬は喜んでいた。中国語や英語、ビニール袋の擦れる音。2ストバイクの排気音。人々の活気とそれらが発する音々の只中にいることに喜々としていた。土地の雰囲気に影響されやすいことを晶馬は自覚している。しばらく経つと額の汗を拭きながら不動産会社の担当者が戻ってきた。
こっちです、と担当者に案内されたのはガラス張りのレンタルビデオ店だった。看板に《フレデリック・チャンのレンタルビデオ店》と書いてある。さっきとは打って変わり自信を取り戻した不動産会社の担当者はガラスの押しドアを開けて意気揚々と店内に入っていく。店内は湿気ており、埃っぽかった。照度の落ちた蛍光管が店内の棚を照らしている。数名の客が商品を見ている。エアコンのモーター音と商品を棚へ戻すときの音が響くばかりで静かな店内だった。黒っぽいビニールフロアは角が剥がれてコンクリートが露出していて、この建物の築年数を物語っている。目に入った陳列棚には、中国映画、英米映画、邦画などのラインナップ。不動産担当者に連れられ奥へ進んでいくと、恰幅のよい中年の男がレジに座っていた。柄が入った襟付きシャツを一枚で着て、椅子にでっぷりと座っている。彼と中国語で話していた担当者は、二人を招き寄せた。「こちら、ここの主人のチャンさんです。一階はビデオショップ。住居は二階です。」商売人の雰囲気はあるもののどことなく目つきは優しい。人の好さそうな雰囲気を持つ人物だ。足元は履きつぶされた水色のベンチサンダルで、裸足の足はお世辞にもきれいとは言い難い。年齢は50代手前、というところだろうか。「二階を案内しますね」ミスター・チャンに会釈をし、関係者以外立ち入り禁止のドアを開けると洗濯室があった。置いてあるのは古い日本製の洗濯機。かなり使い込まれている。ブロック塀がむき出しの壁には上部に小さな窓が付いている。清潔とは言えないシャワールームとトイレは洗濯室の隅にひっそりと存在していた。シャワーカーテンで仕切られているものの設備はシャワーヘッドだけという簡素さである。部屋の一角に回り階段があり、ここから2階へつながっているらしい。担当者は上って行く。僕たちは付いていった。湿気と暗がりの洗濯室から一転して、階段を登りきると目に入ったのは明るい広々としたワンルームだった。ウナギの寝床のように長細い部屋には、パイプベッドが二つだけ。(部屋の入口付近と、窓際側に)一方のパイプベッドには、天井カーテンが吊るされており、最低限のプライバシーは保たている。(保たれているのだろうか?)二人で住むには十分の広さである。板の間の床はボロボロで歩くと軋んで音を立てそうである。ところどころに絵の具のシミがあることが目に留まった。光が差し込む正面の窓から、ブリキの看板の木枠が見える。つまり、ここが《フレデリック・チャンのレンタルビデオ店》の看板が掲げられている場所なのだ。
悪くない部屋だ。晶馬はジェイコブと顔を見合わせ、うなずきあった。「ジェイコブ、この部屋で良いかな」座り込んで、絵の具の跡を指で触っているジェイコブがこちらを向いて頷く。「いいと思うよ。アーティスティックでいいじゃん」「この部屋は、以前に絵描きがアトリエとして使用していたんですよ」不動産の担当者は続けた。「一階は鮮魚店でした。いま洗濯室となっている場所は以前は魚をさばく加工場として使用していたと聞いています。チャイナタウンのこの辺りも数十年前とは様変わりしていますが、この場所もなかなか歴史ある建物なのです」その物語は、晶馬とジェイコブを喜ばせた。まだ空っぽのワンルームをもう一度見つめなおす。人が生き、創作し、作品を制作した場所である。長い歴史のなかで数か月足らずであるものの、自分たちがその一部として関わることができることに、心が躍った。
その晩、晶馬はジェイ(ジェイコブをジェイと呼ぶことにした)と、無事に入居先が決まったことに祝杯を挙げた。マーケットで手に入れたオージービーフとブロッコリーを調理し、量り売りで買ったチーズの盛り合わせを付けてタスマニア産の赤ワインで乾杯をした。食材が豊富にかつ容易に手に入ることはとても魅力的だ。(チャイナタウンでは鰹節など日本の調味料も見つけることができた)「目標は一日50ドル稼ぐことだな。明日から早速オペラハウスへ行ってみるよ」アルコールも回りことさらに饒舌になったジェイが語る。ディジュリドゥは、オーストラリアの民族楽器だ。ここが本場である。ジェイにとって、憧れの地で楽器を演奏できることはとても嬉しいことに違いない。「晶馬はどうするんだ?つまり、何かパフォーマンスをするのかって意味だけど」晶馬は。うーん。と唸った。何かを言い淀んでいたわけではないが、ジェイのようにはっきりとした行動を定めていなくて困ってしまった。「まずは、この部屋の掃除かな」「まじかよ。でも晶馬ってそういうタイプの人間かも。あ、悪い意味ではないよ」と言った。「フレッドおじさんは良さそうな人だな。このテーブルも出してきてくれたし」「そうだな」僕たちはこのアパートメントのオーナーであるフレデリック・チャンのことをフレッドおじさんと呼ぶことにしていた。フレッドおじさんは、僕たちが入居することを決めたことを喜んだ。それはただ、空室が埋まったというだけの安心感からくるものではなく、晶馬とジェイをどことなく気にいっているような、そんな印象を受けていた。それらの会話の後、ジェイは酒に酔って寝てしまった。食べ残しの料理は明日の朝まで持つだろうか?冷蔵庫がないかどうか、オーナーに聞いてみないといけないな。食器を流しに置いて、洗い物をした。自室(窓際のベッドエリアのこと)へ向かうと雑踏から聞こえてくる音々が心地よい。薄いカーテンを開けるとチャイナタウンのネオンサインがよく見えた。晶馬は煙草に火をつける。晶馬は思った。何処でもない場所に自分はいる。逃げるでもなく、抗うでもなく、流れ流れてたどり着いたこの場所を好きになれそうな気がしている。知らなかった街。知らなかった人。知らなかった自由、それと責任。知ることで、また新しい知らないことに出会う。手つかずの自分がここにいたのだと晶馬は知った。
フレッドのレンタルビデオ店の二階にある住居の賃料は、週に390㌦(一日に直すと28㌦)で、これはシドニー市内のゲストハウスに滞在し続けるよりも経済的である。晶馬は今、シドニー滞在を続けるための十分な資金を持っていた。ゴールドコーストでの騒動から、一時は金が尽きかけて、路上生活をするほかないというところまで落ち込んだ日々を懐かしんだ。そこから流れついたバンダバーグの農場では仕事がある日はすべて出勤したし、山の乗馬クラブでの生活は週に一度の買い出しに限られていたから、支出が収入を超えることはまず無かった。わずか半年足らずの間に、急降下、そこからのどん底を経験し、今ようやく平地が見え始めている。自分の無計画ぶりには(自分ごとながら)愛想がつきかけているものの、振り返れば、まあ何とかなっていることに気がつく。所持金の大半は銀行に入っている。これだけあれば仕事をしなくても2か月は過ごせるだろう。夕暮れのチャイナタウンを歩く。観光客としてではなく、つかの間ではあってもこの町の住人として。公衆電話を見つけたタイミングで、立ち止まり、晶馬はポケットから紙切れを取り出した。ノートに挟んであった、ちいさなメモだ。書いてある番号を正確に打ち込み、呼び出し音を待った。「Who’s this?」
2022 Memories in Australia. (c)Naohiro Kosa
(Chapter 5 は来週の日曜日、正午12時に公開されます)